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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1788号 判決 1958年7月31日

控訴人 国

訴訟代理人 館忠彦 外一名

被控訴人 霞ヶ浦共働開拓農業協同組合 外二名

主文

原判決の控訴人の請求を棄却した部分中後記第二項に該当する部分及び訴訟費用の負担を命じた部分を取り消す。

控訴人に対し、被控訴組合は金五百四十万六千五百十五円被控訴人青木哲、同矢吹正吾は原判決主文第一項掲記の金員の外更に金百五十万円並びにそれぞれこれに対する昭和二十七年十二年二十一日から右支払済に至るまで年五分の金員を各自支払え。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて二十分し、その一を控訴人の負担とし、その十九を被控人らの連帯負担とする。

本判決第一項及び第二項は仮に執行することができる。

事実

控訴指定代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す控訴人に対し連帯して、被控訴人霞ヶ浦共働開拓農業協同組合は金五百六十万八千九百十四円、同青木哲、同矢吹正吾は各原審認容の金額の外金百七十万二千三百七十九円および右それぞれの金員に対する昭和二十七年十二月二十一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決、ならびに仮執行の宣言を求め、被訴代理人らは、本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の陳述した主張の要旨は、左記の外は原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

控訴指定代理人は次のとおり述べた。

控訴人の本訴請求は、被控訴組合及び同青木哲、同矢吹正吾に対し不法行為に基く損害賠償請求をなすものである。即ち被控訴組合は昭和二十一年秋頃から本件建物を無断使用をしていたところ、昭和二十三年四月に権限ある水戸財務部から使用を許可され、引続いてその使用をなしていたものである。その後本件建物は既に原審で述べたとおり、一旦被控訴組合に売渡されたが、その後右売渡処分の取消がなされたのであるから、被控訴人青木哲は被控訴組合の代表者として、職務上速かに、本件建物を控訴人に引渡すべきであつた。ところが同被控訴人は、本件建物を被控訴組合の所有であり、組合代表者の職務の執行行為であるように装つて、本件建物を解体して建物としての効用を滅却させ、その構成物である鉄材、煉瓦等を訴外津久井源蔵外二名に売却して引渡し、同人等にその所有権を取得させ、控訴人に右建物の価額相当の損害を被らしめた。したがつて、被控訴人青木哲の行為は組合の内部関係においては不当な職務の執行であつたとしても、その行為が組合の職務の執行としてなされたものであることに変りはなく、被控訴組合はその結果について責任がある。仮に被控訴人青木哲が自己のために右行為をなしたとしても、組合名義でおこなつた以上、尚組合代表者がその職務を行うにつきなした行為であるから、被控訴組合は民法第四十四条第一項により責任を負うべきである。

本件建物の構成物中、鉄骨五十二本、鉄筋三十貫、煉瓦三千個は土浦地区警察暑に証拠物件として、一時領置されたけれども、本件損害は本件建物が解体されたことによつて生じたものであるのみならず、右の差押えられた分は、後に所有者津久井源蔵に返還され、結局控訴人に帰属しないものであるから、損害額について、右差押えられた分の金額を控除して損害額を定めるいわれはない。

被控訴人等訴訟代理人らは、次のとおり述べた。

本件建物は昭和二十六年六月から本件解体直前まで被控訴人矢吹正吾が児童保護施設として使用しており、被控訴組合は全然使用していない。しかも本件建物は昭和二十七年九月一日被控訴組合に払下げられたが代金を支払わなかつたので所有権移転登記をしないでいたところ、同年十月二日に右払下げ処分が取り消され、爾後国の所有に属していたものである。控訴人主張の行為は、被控訴人青木哲、同矢吹正吾が通謀してなしたものであるから、被控訴組合の業務とは全く関係はない。昭和二十七年十一月中旬「被控訴人青木哲が津久井源蔵に売却したときには、目的物の所有権は国にあつたので、右売買契約の成立によつては、その所有権は津久井源蔵には移転しない。しかも右契約当時には、控訴人主張の建物はまだ解体されていなかつたから、動産としては特定されておらず、その後解体されて動産として特定された時も、なお、国の所有物であつて、津久井源蔵にまだ引渡をされないうちに、茨城県主事小室勝一の告発によつて警察官署の差押を受けたので、津久井源蔵は、遂にその引渡を受けなかつたものであるから、同人が差押物件の所有権を取得したことはない。

証拠<省略>

理由

被控訴組合が農業協同組合法に基いて役立された法人で、開拓事業を行う農民によつて設立されたもの、被控訴人青木哲は昭和二十七年四月から翌二十八年五月まで右組合の代表者であつたもの、控訴人矢吹正吾は右組合員ではなかつたが、事実上組合を指導する立場にあつたものであることは当事者間に争のないところであり、控訴人主張の建物のうち、通称船隊兵舎及び自動車車庫が控訴人主張のとおり被控訴組合に売渡されたことは、被控訴人らの認めて争わないところである。

被控訴人らは、控訴人主張の建物中渡廊下及び便所は当時壊されていて、存在せず、売渡を受けなかつたと争うけれども、各成立に争のない甲第二号証の二、同第六号証の二原審証人小野康(第二回)同船木為治の各証言によれば、昭和二十七年当時、右渡廊下及び便所は、いずれも破損はしていたけれども、なお修理すれば建物として使用できる状態にあり、船隊兵舎等と共に、その払下げを受けたことが認められ、右認定に反する原審証人小室勝一、同君塚浮雄、同板倉弥太郎の各証言、並びに原審での被控訴人矢吹正吾本人尋問の結果(第一回)は上掲各証拠に照し合せて信用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

控訴人は、被控訴人らによつて、右建物を解体されて損害を蒙つたと主張するので、この点について判断する。

昭和二十七年十月二日控訴人主張のとおり、右建物の売渡処分が取り消され、本件建物(但し自動車車庫については後記認定のように売渡処分取消前に第三者に売却されたので除外する)の所有権が控訴人に戻つたところ、被控訴人青木哲、同矢吹正吾は右事実を知りながら、相談の上、同年十一月中旬頃、本件建物中船隊兵舎一棟を構成する鉄材、煉瓦等を合計金百五十六万円で津久井源蔵外二名に売却の約定をして、同月二十三日から翌月二十日までの間にこれを解体したことは、当事者間に争のないところである。

前掲甲第六号証の二、各成立に争のない甲第一号証、同第六号証の一及び三、原審証人小室勝一、同板倉弥太郎の各証言並びに原審での被控訴人青木哲の本人尋問の結果(いずれも後記信用しない部分を除く)を綜合すると次の事実を認めることができる。

被控訴組合の代表者であつた被控訴人青木哲は、被控訴組合の事務を殆ど独りでとつており、被控訴組合は右船隊兵舎に組合員二名を居住させ、その一部には牛豚等を置いて畜舎として使用させる外、その一部を被控訴人矢吹正吾に使用させて孤児を収容していたが、当時被控訴組合は相当額の債務を負担し、全く金融にも行き詰つていたので、昭和二十七年九月下旬頃、被控訴人矢吹正吾とも相談の上、右船隊兵舎を国に返還せず、他に売却してその一部で国に対する払下代金及び被控訴組合の債務を支払い、更に残金で建物を新築したほうが、被控訴組合のためにいいし、控訴人の方も、その後なんとか了解を得られるものと軽信し、被控訴組合の組合員一同へも、払下取消の点を秘していたが、右船隊兵舎を他に売却する旨を伝えたその後被控訴人青木哲は、その買受人を探し、上記認定の払下処分の取り消されたことを秘して、被控訴組合所有のものとして、売渡通知書のみをみせて、津久井源蔵に右建物中I型チヤンネル(枉)を頓当り金二万五千円で合計約百十頓位と見積り右以外の鉄材等を板倉弥太郎外一名に金七十万円で売却し、津久井源蔵から、右代金のうち、金八十万円、板倉弥太郎から、津久井源蔵の分をも一部含めて金七十五万円を受領し、それとともに、被控訴組合の代表者である被控訴人青木哲は、板倉弥太郎外一名に、右建物の解体工事を請負わせ、同年十一月二十三日から翌月二十日までの間に船隊兵舎を殆ど解体し、同日までに、被控訴人青木哲の代理人青木進がI型チヤンネル(枉)は津久井源蔵に、その他の材料は板倉弥太郎外一名に、現場でそれぞれ引渡を了した。その間津久井源蔵は既に鋼材約十四頓半の搬出を終り、板倉弥太郎外一名も約金五十万円相当のもの、搬出を終つていた。ところで、残部の鉄骨柱五十二本、鉄筋約三十貫煉瓦約三千個は右十二月二十日捜査官憲によつて証拠物件として差押えられた。

右諸認定に反する原審証人小室勝一、同板倉弥太郎、同市毛忠、同北教男、同島田満麿、の各証言部分、並びに原審での被控訴人青木哲、同矢吹正吾(第一、二回)、同組合代表者土屋誠の各本人尋問の結果部分は上掲各証拠に照し合せて信用できないし、外に右認定を動かすに足りる証拠はない。

控訴人は右船隊兵舎の外、自動車車庫、渡廊下、便所もともに被控訴人が売却解体したと主張するけれども、控訴人提出援用にかかる全証拠をもつても右主張を認め得る証拠はない。殊に、前掲甲第六号証の二によれば自動車車庫については売渡処分取消以前に訴外矢口省吾に売却し、控訴人主張の不法行為時には既に第三者の所有になつていたことが窺われ、この点に関する控訴人の主張は理由はない。

被控訴人らの責任の点について判断する。

被控訴人青木哲、同矢吹正吾が上段認定の解体、売却行為を通謀してなしたことは、同被控訴人らの認めているところであるから両被控訴人が右の損害について連帯して、その賠償の責任を負うべきことは明らかである。

被控訴人青木哲は上記認定のように被控訴組合の代表者として、被控訴人組合の職務を行うについて、右船隊兵舎を解体売却したのであるから、被控訴組合も民法第四十四条第二項により、控訴人に与えた損害について賠償しなければならないといわなければならない。もつとも原審証人石塚利一、同佐藤信、同大和田春彦、同塩谷定夫の各証言、原審での被控訴人矢吹正吾(第一、二回)の本人尋問の結果によれば、被控訴人青木哲は右船隊兵舎の売却代金の相当部分を、同被控訴人の個人的使途に費消したことを認めることができるが、右事実を以つても上記判断を動かすことができないのはもちろん被控訴人青木哲が当初からその売却代金の一部を自己個人の使途に費消する目的をもつて、被控訴組合の保管する右船隊兵舎を同組合代表者としての権限を濫用して解体売却したと推認し得るようであるけれども右船隊兵舎の解体処分行為は外観上は全く被控訴組合の代表者としての職務行為の範囲内の行為と認めるのを相当とするから、民法第四十四条第一項により、被控訴組合が損害賠償の責任を負うことについては、上記認定の場合と全く同じである。

したがつて、被控訴組合の責任についてはなんの関係もないといわなければならないから、民法第七百十九条第一項の準用により被控訴組合は、被控訴人青木哲、同矢吹正吾と連帯して、控訴人に対し、後記認定の損害額について賠償をなすべき義務があるものといわなければならない。

よつて進んで損害の数額について判断する。

各成立に争のない甲第二号証の一、同第三、第四号証、前掲甲第二号証の二と原審証人小野康(第一、二回)、同船木為治の各証言によれば、昭和二十七年当時の船隊兵舎の建物としての価額は金五百四十万六千五百十五円相当であつたことが認められる。右建物は解体価額程度のものであるとの原審証人君塚淳雄の証言は上掲各証拠に照して信用できない。

被控訴人らは、右兵舎は老朽していた上、戦災で大破し、その上、当時兵舎所在地一帯は自衛隊の飛行場として接収が予定され、建物は早晩解体の運命にあつたのであるから右兵舎の価格は、資材の時価を基準とすべきであると主張し、原審証人君塚淳雄、同板倉弥太郎、原審での被控訴人青木哲、同矢吹正吾(第一回)各本人尋問の結果中には、右主張に沿うような噂を聞いた旨の各供述があるけれども、右供述によつては、いまだ解体が確定的であつたものとは認め難く、建物の老朽の点は上段認定の評価額に算入されていることは、前掲甲号各証によつて明らかであるから被控訴人らの右主張はいずれも理由がない。

控訴人は、その損害額は右兵舎の建物価額全部であると主張し被控訴人らは、解体した資材の大部分は解体現場において、買受人に引渡す前に差押えられたから、その差押資材の価額相当額は損害額から控除すべきであると主張する。

上記認定のように、右船隊兵舎は解体されて、解体物件は買受人津久井源蔵等に引渡されたのであるし、右津久井源蔵等の買受人は上記認定のような経緯で解体物件を買受けて、その引渡を受けたものであるから、その占有を始めるについて過失がないと認めるのを相当とするばかりでなく、民法第百八十六条によつて、所有の意思で善意、平穏且つ公然に占有をなしたものと推定すべきであるから、津久井源蔵等は民法第百九十二条により右解体物件の所有権を取得し、控訴人はその所有権を失つたものといわなければならない。もつとも搬出未了の解体物件は上記認定のように全部差押えられたが、前掲甲第一号証によれば、右差押物件は津久井源蔵に還附されたことを認めることができるが、右物件についても既に控訴人はその所有権を失つていること上記認定のとおりであるから、右の事実は上記認定を裏書することにこそなれ、これを動かすことはできない。そうすれば本件船隊兵舎は解体されて、その構成物件はすべて第三者の所有に帰属して、控訴人はその所有権を失つたのであるから、その損害額は右兵舎の建物としての当時の価額金五百四十万六千五百十五円全部であるといわなければならない。したがつて、被控訴人青木哲、同矢吹正吾、同組合は控訴人に対し各自連帯して、その損害金五百四十万六千五百十五円の限度での支払並びにこれに対する不法行為の日の後である昭和二十七年十二月二十一日から支払済に至るまで民法所定の年五分の遅延損害金を支払うべき義務があるから、原判決中被控訴組合に対する請求並びにその他の被控訴人らに対する請求中金三百九十万六千五百十五円を超えた部分の請求を棄却した部分は、失当であるから、各その部分を民事訴訟法第三百八十六条によつて取り消し、被控訴人らは各自控訴人に対し被控訴人青木哲、同矢吹正吾においては原判決第一項掲記の金額の外更に金百五十万円、被控訴組合においては金五百四十万六千五百十五円並びにそれぞれこれに対する昭和二十七年十二月二十一日からその支払済に至るまで年五分の金員を支払うべきものとし、右限度を超えた請求を棄却した原判決は相当であり、この部分についての控訴は失当であるから、同法第三百八十四条第一項によりこれを棄却し、訴訟費用の負担については、同法第九十五条第九十二条第九十三条第一項により主文第五項掲記のとおりその負担を命じ、なお、仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項により主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 小河八十次)

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